古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち」を読んだ。
これまで出版された社会系の本や社会学者や政治家の発言に嫌味を次々繰り出していくのは痛快だ。
また、本書の中で指摘している、二極化されてることでかえって幸福感が上がる、というのは面白い。
貧富の差に起因する幸福度は、身近な人達との関係によって変化する。
身近な周囲の人達との貧富の差が大きければ幸福度は下がるが、格差が広がり過ぎると富裕層は貧困層から遠ざかるので、貧困層は貧困層同士で比べ合うようになり、幸福度は上がる。
マイルドヤンキーというのが一時期流行ったが、それも著者のいう「幸福な若者たち」に近いようだ。
多少金銭的には苦しいが、自分たちの小さなコミュニティで楽しくやっていくという生き方。
僕は移住してから明らかに幸福度が上がった。でも、時々、退屈になる。
そして、田舎の職業の選択肢の無さや給料の安さに、出口の無さを感じてもいる。
東日本大震災やワールドカップを一種の祭として、そこに出口を見出していると著者は指摘するが、僕にとっての祭は何だろう。
地元の生活に満足してマイルドヤンキーになることは出来ず、東京の競争には追い付いて行けず、四国の地元に留まって生活するマイルドヤンキーに囲まれて暮らしている。
なんとなく食っていくことは出来る気がしているから、まあ、なんとかなるといえばなんとかなるのだろうが。
どうしようもなければ餓死するだけのことだ。